愛情表現の示し方

恋人である花道が言うには、時々、訳もなく好きという感情が津波のように押し寄せるらしい。

「オレは洋平が大好きで、洋平もオレが大好きなんだって思うと、ぶわっと幸せが体から溢れて、 ギューっと洋平を抱きしめたくなる。いつもはガマンしてたけど、もう耐えられなくなった」

大きく身振り手振りを交えてとつとつと話す花道を見て、オレはようやく合点がいく。

なるほど、だからオレはいきなり後ろから抱きしめられたのか。それを言われるまでは急にチョークスリーパーをかけられたと思っていた。 じゃあ次から人を抱きしめる時は、腕は首ではなく胴体に回したほうがいいぜ。 そう教えたいが、今は蹲って潰されかけた喉を押さえて咳き込むことしかできない。だからそれはまた後にする。

「洋平はオレみたいになんねーのかよ?」

オレの呼吸が落ち着くのを、腕を組み胡座をかいて待っていた花道が聞く。どこか不満そうだ。人のことを絞め殺しかけた人間の態度とは思えないな。

「オレみたいに、って言うのは、ぶわっとしてギューっとしたくなる、みたいにか?」  喉を優しく擦りながらオレは聞き返す。潤んだ視界の中で花道は頷いた。

「洋平、付き合う前と何も変わってねーぞ! ずっと好きだったって言ったクセによー!」

顔は厳しいが、「ぷんすか」というオノマトペが似合う怒り方をする花道に、さてオレは何と答えればいいのやらと迷った。

ずっと好きだった。恋をしていると気付く前に愛していると自覚した。自分ではない、他の誰かに向けるあの眼差しを、 オレは一生横で見つめるだけで終わるのだろうと思っていた。それがまさか真正面から浴びる日が来るなんて思ってもなかったし、 未だに全部夢なんじゃないかと不安になる時がある。その度にお前の顔を覗き見ては、降り注ぐ眼差しの余りの熱さを思い知るんだ。 この気持ちは付き合う前じゃ抱けないし、これをお前は「ぶわっとする」と言い表しているんだろう。

オレは素直に言った。「オレもそうなるよ」

「そうは見えねー」即答される。

恋人はまだ納得していないみたいだ。オレは言葉を詰まらせた。

まぁ確かに、オレの様子は外から見ればそんなに変わってないかもしれないと思う。オレは花道ほど感情表現が豊かじゃないし、 特にこういう感情は、バレないようにと抑えてきたせいで表に出すのはまだ下手だ。 今までずっと秘めてきたそれは形にされず、水のように胸に溜まっていたから、いざ言葉にしてみようにも上手くいかない。

あの時オレができた精一杯の愛情表現は、何があっても黙ってすぐ近くに居ることと、絶対に邪魔をせずに、丁度いい距離から見ていることだけだったから。

「……なんかオレばっかりが好きみてーじゃん」

そう付け加える花道に、流石にそれは無い、とオレは心の中で否定した。オレがどれだけお前を想っていたと思うんだ。熱量で言えばオレのほうが断然に大きいはずだ。

いや、どっちがどれくらい好きかなんて不毛でしかないよな。オレがじっくりと時間をかけて十、二十と溜めてきたものを、 コイツはたったの一瞬で百に膨れ上がらせる。目に見えるものでは無いが、きっと愛の総量は変わらない。 好きだと自覚した早さが違うだけで、過ごしてきた時間と思い出の数は同じなんだから。

オレがすぐに返答しなかったことを不安に思ったのか、花道は眉を顰める。オレの慎重に話そうとして、まず黙って考える癖が悪く働いてしまった。花道が疑り深げに口を開く。

「洋平、本当にオレのこと好きなのかよ?」

「当たり前だろ」咄嗟にオレは返した。少しの煩わしさが言葉に滲み出ている。聞くも涙語るも涙なオレの一世一代の大告白を受け取っておいて、今更お前はオレの何を疑う?

もちろんオレも分かっている。この疑いは本心からじゃない。コイツがさっき自分で話した通り、オレに愛されていることは十分に知っている。 だけど、いかに自分が愛されているかなんて何度だって知りたいものだ。だからこんな揺さぶりをかけているんだろう。 必死になって愛していると伝えるオレの姿を見たいから。不安そうな面を装っても隠しきれていない天邪鬼に輝く瞳が何よりの証拠だ。

はっきり言って面倒臭いことこの上ないが、でもそんな面倒臭さも含めて幸せで愛おしいと思うんだから、やっぱりオレは疑いようもなくコイツを溺愛している。

こういう時に手っ取り早く愛を伝える方法がキスやセックスなんだろうけど、オレたちはまだその段階に至れていないし、 そんな理由でやるのは不誠実だ。誠実でありたいのなら結局、言葉で伝えるしかない。

オレは気を取り直して、花道に近寄った。デニムパンツが畳に擦れる。

「大好きだよ。本当に、この世で一番愛しているさ」

瞳を見つめて、真心を込めて伝えれば、出し抜けに花道は勢いよく両手で自分の顔を真ん中に寄せた。 まるで美味しいものを食べて頬が落ちないように持ち上げるような、そんな動きだ。

照れ隠しで取った行動だと分かっているから、歪んで不細工な形になった顔を眺めて反応を待つ。すると尖った口から「でも平気そう……」と低く拗ねた声が聞こえた。

まだ物足りないのか。幼稚さについ小さく笑ってしまう。オレは宥めるような声色で言った。

「オレはお前みたいに顔に出すのが上手くないの。その代わり、行動で教えてやるからさ」

オレの発言に、花道が好奇心を滲ませて聞く。「行動って、どんなだよ」

天井の灯りが反射したのか、狭い瞼の隙間にある真っ黒な目玉がキラッと光って見えた。

「じゃあ今から、恋人のお前だけにしかしないことをするよ」

言ってオレは手を伸ばして、花道の手の甲を撫ぜた。そのまま重ねると、寄せられた花道の顔の形が少し戻る。

人差し指と中指の二本で、スっと指の根元から手首へと伸びる筋をなぞる。花道の口から息を飲む音がして、またギュッと頬が真ん中に寄った。 力が入った手の甲に浮き立つ血管の上を伝って、指と指の谷間に爪を上へと走らせる。 みるみるうちに茹でダコのように赤くなる恋人の、その手と触れている自分の手首から微かな震えが伝わってきた。

指先を抜けると横に逸らし、耳の輪郭を確かめたくて熱いそこに触れようとする。 しかし目の前の男が大声を上げてオレの胸を突き飛ばしたので、それは叶わなかった。

「なんか違う!」 花道が怒鳴る。

「違うって?」

猿が威嚇するみたいな険しい顔でがなられる。

「行動って、オレみてーに抱きしめるとか、あとキスするとか、そういう分かりやすいのだろ! これはダメだ!」

聞き捨てならない言葉にオレは思わず、へぇと声を漏らす。

「していいんだ? キス、今までさせてくれなかったのに?」

言われてみればあのひょっとこみたいな口は――そそられるかどうかは置いておいて――キスをするのに打ってつけだった。 いつもはキスしようとしたらまだ早いと暴れていたのに、こんなタイミングで許してくれるのか。あの愛撫はオレなりに考えたキスの代わりの行動だったのに。

オレは愛しの恋人に投げかけた。「やっと積極的になったんだな!」

ニヤけた笑みが抑えられなくて調子に乗ってしまう。今すぐ逃げたほうがいいよな。あぁダメだ、手で顔を挟まれた。

せっかくのチャンスを逃してしまったし、これからオレは額を押えて床に倒れる羽目になるだろう。 細めて狭くなった視界に迫り来る赤を見つめながら、オレはその痛みを喜んで受け入れるために歯を食いしばった。