悪戯

綺麗に切り揃えられた爪を持つ手が、皮膚の下の筋肉を確かめるように撫でる。撫でられたところが、 ゾワゾワと甘く痺れて、肌が粟立つ。鼻を鳴らして身を捩った。真っ赤な髪が畳に擦れて音を立てる。 指先が腹の丘陵をなぞる度に腰をくねらせては浮かす。必死に堪えるがそれでも漏れ出る声。 触れるか触れないかのもどかしい距離にある爪先が、線を引くように臍の下から胸元へと走る。 胸の突起は既に固さを持って、弾けそうなほどにツンと立っていた。気まぐれな手が桃色の実のひとつを摘んだ。

「ア……ッ!」花道の口から嬌声が上がる。

手の持ち主である洋平が、目を細め、人差し指を立てて己のやや尖らせた唇に当てた。花道は口惜しさに下唇を噛んで洋平を睨んだ。

「だけど悪いようにはしねぇよ」

先刻、彼がそう言ってその人差し指を、そっと自分の唇に押し付けたことを花道は思い出した。その人差し指の意味を、既に理解していた花道は不満げに思った。

オレに黙って耐えてろと言うのか。いつもは好きなだけ鳴けばいいと言うくせに。なにが悪いようにしないだ。十分に意地悪じゃないか。

花道は臍を噛んだ。畳の上に寝かされ、普段身につけている黒地のタンクトップ以外は全て剥がされ、 顕になった肢体を、開いた股ぐらに座る洋平に晒していた。恥ずかしくて堪らなかった。対して洋平が、 家を訪れた時から一糸乱れぬ姿であることが、余計に羞恥を掻き立てた。

花道は玄関前に突然現れた洋平を思い返した。そうして未練がましく思った。

だって今まで、こういったイベントには頓着しなかったじゃないか。それなのに今日に限って、会うなり開口一番に菓子を渡すか悪戯をされるかの二択を迫るなんて。

お前らしくもないと花道が言う間、洋平は終始不敵な笑みを浮かべていた。冷やかす時のいやらしい目つきとは違う、また別のいやらしさを湛えていた。イヤな予感がした。

お前にやる物は無い。花道が正直に言うと、洋平は笑みを浮かべたまま頷いた。まるで端からそうなることを承知していたかのようだった。

悪戯なぞ口実でしかないと気付いた時には時すでに遅く、口車に乗せられてあれよあれよと組み敷かれて、花道はこの男の心のままに弄ばれていた。

そうだ花道は洋平の心のままになっていた。洋平を見上げて、口では悪態を吐きながら、 しかしこれから起こることに、自分が洋平にされることに秘かに期待していた。それを洋平に悟られたのだ。花道は初めて洋平に屈服した。 主導権を彼に、自らの意思で渡してしまった。

いったいどういう風の吹き回しなのか。時々身体を走る快感に身を捩らせながら、花道は目を瞑って考えた。

いつもは甘やかしてくれるのに。今日は何もかもが違う。望めばその通りに愛撫してくれる手は、 自分本位に弄ぶものに変わってしまい、耳元で囁いてくれることもない。オレが気持ち良くなっているのが、 一番嬉しくて気持ちが良くなると、そう言ってくれたのに。

それが今はどうだ。このオレが身悶える様を愉しんでいるとは、なんて鬼畜な奴なんだ!

痛みも苦しみもない。しかし酷く扱われているようで、もどかしくて切なくて、 なんだか悲しいような気持ちになる。こんな気持ちにさせるなんて、やはり意地悪だ。極悪非道だ。それなのに……。

それなのに、こんなにも甘美だなんて。

弄ばれていることに興奮している自分がいることに花道は薄々と気付いていた。普段とは違う洋平の様子に、 尚更に心が滾り、こちらから擦り寄って気を惹かせたくなる。構ってほしくて鼻をクンクンと鳴らす犬になったみたいだ。

微かな接触を、いつもよりも鋭く感じる。びくびくと快感が流れて堪らなくなる。

あぁでもまだ足りない。足りないからこそ燃え上がる。腕をいっぱいに広げて、抱きしめてもらいたい。 肩口に鼻面を擦り付けたい。頭を掻くように撫でてほしい。もっと触ってほしい。焦らさず、優しく、夢中になるくらいに――

「こっちに集中しろよ」

洋平の声に、花道ははたと現実に引き戻された。

眼を下に向けると、洋平が己のデニムのファスナーを下げて前を寛げていた。

そして傍らにあった、温いローションを持ち上げ、見せつけるように、人差し指と中指にたっぷりと垂らした。半透明な液体が、とろとろと、指から掌へとゆっくりと伝っていく。

ローションに塗れた、てらてらと艷めく二本の指を、密着させたり離したりしては、指の間を糸が引く様を見せた。花道は何も言えず、唾を飲み込み、じいっとそれを見つめた。

濡れていないほうの手で、花道は膝の裏を掴まれ、広げられる。

洋平が背中を丸めて顔を近づけ、薄らと微笑んだ。瞬間、窄まりに生温い指が触れ、花道は首を反らした。 大きく張り出た喉仏が震える。畳に爪を立て、襲いかかる法悦に口を開けた。目を閉じると、あの洋平の笑みが脳裏に浮かぶ。オレを見て笑っている。

ア、ア、何も考えられなくなる──。