「タバコ」チャレンジ

1

「最初はカッコつけ、今は落ち着くから」

返答はアッサリしていて、少し拍子抜けした。「オレ知ってるぜ、それニコチンチュードクっつーんだろ」

「かもな」

ヤカンみたいに煙を吐きながら静かに言う。その伏せた目元になぜだか目が離せなくて、鬼に金棒、ってことわざがオレの頭に浮かんだ。

2

夢にまで描いたファーストキスの味はレモンとは程遠く、コイツは昔のオレの幻想を尽く打ち砕いていった。

「それが大人になるってことだぜ」

言って床に寝転がったその腹に頭を載せる。白いシャツに染み付いた臭いも、オレが恋人に求めていたものと違う。それでも深く吸うと、確かな安心感が胸に満ちた。

3

「洋平を食べても美味しくないんだろうな」出し抜けにそう言われ、ちょっと驚く。

「だってにげぇもん。口ン中とか。あと……」途端に口を噤んでそれ以上言わなくなったお前にオレは思わず吹き出した。 ほらもう髪の色と見分けがつかない。そんな連想をするくらいなら最初から言わなきゃよかったのに。

4

目の前で吸うのを控えるだけではご満足頂けず、口寂しさを紛らわせるための代替品がポケットに溜まっていく。

「お前も尻に敷かれたな!」燻し銀の髭面が愉快そうに言う。

「惚れた弱みってヤツだな」もう片方に立つ友人を黙らせるために、オレは未開封のキャンディーを投げ渡した。

5

ソレが無いと落ち着かないなんて、赤ちゃんのおしゃぶりと一緒だ。

正論なハズなのに、のんびりした顔でのんびりした声を出してお前は断った。そんなこと言われたって、とワルアガキをしやがる。

「代わりのモノ咥えさせてくれるなら話は別だけどね」

お前の! そういう! ところが嫌いだ!

6

吸ってはいけない、吸えもしないのに唇に挟む。ただ火を付けられただけのそれは、 早く激しく燃焼させてくれと焦るように、ジリジリとゆっくり燃える。草のツンとした臭いが鼻腔を抜けた。

臭いだって好きじゃないんだ、本当は。

だけど、アイツを感じられるものを、オレはこれしか知らなかった。

7

こんな臭いを移して家には帰せないからな。

ついさっきキザに笑った口に、奪い取った新品の一本を押し当てる。そのまま火をつけて、まん丸の目を見つめ返した。

別に今更気にすることはねぇんだ。

「テメェの家だろ。好きにやれよ──臭いなんて、いくらでも移しちまえよ」

8

「お前が吸うんならオレも吸う。それでお前と同じくらいに肺を真っ黒にして死んでやるんだ。オメーのせいでオレは死ぬんだぜ!」

恐ろしい脅し文句を並べられ、オレは白旗を上げた。

「死ぬ時は一緒だからな」恋人は満足そうに微笑む。

あぁ、お次はプロポーズか。なんというコンビネーションだろう。

9

ベランダを隔てるガラス一枚越しにアイツはじっとオレの様子を見ているのだろう。 染み付くのを嫌っても吸うなとは言わないお前の、ぼんやりとした顔と熱い視線が、背中を向けても伝わってくる。

吸う度に、お前の辞めろとは言わない理由を思い出し、オレは密かに頬を緩ませた。