エピローグ

洋平の義姉は不安な眼差しで目の前の青年二人を見た。張り切って朝食の用意を──昨夜の鍋の残りを雑炊にしただけだが──したのに、 二人とも黙々と食事をしている。感想を訊けば答えてくれるが、それ以上の会話が続かない。

橋渡しになるはずの夫はてんで役に立たない。めっきり口数の減った二人に何も気付かず、「今日でお別れなんて寂しいなぁ」と呟いて新聞を読んでいる始末だ。

彼女は二人の様子が心配だったが、男子高校生とはそういうものなのだろう、と自分を無理やり納得させた。


別れを惜しむ夫妻に見送られ、二人は北海道を発った。飛行機内でも彼らの間に会話はなかった。 沈黙は心穏やかさといささかの初々しさを帯びていた。二人の面構えは無愛想に映るが、そこに陰険さは感じられず、むしろ凛とした、晴れやかな光明が目に浮かんでいた。

飛行機は果てしなく広がる空の海を泳ぎ、雲の中に潜った。


最初にその沈黙を破ったのは洋平だった。

羽田空港第一ターミナルの到着ロビーで、横浜シティ・エア・ターミナル行きのバスを待つ。 洋平はコンビニエンスストアで買った缶コーヒーを一口含んだ。口内に広がる渋い苦味は頭を冴えさせ、解きほぐしていく。 しかし脳は活発に働けば働くほど、現実はそう甘くないぞと頑固に説いてきた。

隣に座る花道をちらと見る。大股を開いてベンチのほとんどを占領している。

洋平は気を引き締めるためにもう一口飲み、口を開いた。

「あー花道……」

洋平の声色に、花道の眉が引き攣った。

「もちろん今日はこのままお前の家に泊まるつもりだぜ? それに、オレとしてはそりゃあ毎日泊まりに行きてーけどよ、さすがにちょっとは家に帰んねーとさ……」

「ダメだ」

即答。花道の顔は先刻とは打って変わって、見るからに機嫌を損ねた厳めしい面だ。しかし洋平はへこたれず、花道の顔色を窺いつつ言った。

「一週間に四日──いや、三日だけでいいから、な? お袋も、お前に迷惑じゃねぇかって心配しちまうよ」

「ケッ!」

花道は洋平の胸ぐらに掴みかからんとする勢いで前のめりに息巻いた。この期に及んで、 日頃世話になっている洋平の母親の存在をちらつかせられたのが彼の逆鱗に触れた。

「この嘘つきめ! そんなに心配ならオレからおばちゃんに言ってやるよ!  金輪際洋平の世話をしなくていいって挨拶しに行ってやる! 洋平は一生オレと暮らしますってな!」

口角泡を飛ばしながら言う花道に、洋平は衝撃で缶コーヒーを落としそうになった。

「お前、言ってる意味分かって……」

睨みつけるが当の本人は腕を組んでぶつくさと文句を垂らし、怒りに頭を支配されているようだ。

洋平は彼の顔を凝視したあと、腿に腕を載せて顔を伏せた。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。 それなのに心が揺さぶられて、吝かではないと、煮え滾るような熱を胸に宿している己にも頭を抱えてしまう。

顔を上げる。壁に身を預けてバスを待っている男と目が合い、男は慌てて目線を逸らした。 そこで洋平はようやく四方から突き刺すように向けられる視線を肌で感じた。そして花道の大声が、 騒がしい到着ロビーにたむろする全ての人の耳に入るのは造作もないことだと思い出した。

洋平の中で何かが切れる。おもむろに丸めていた背を伸ばして堂々とした雰囲気を出した。その佇まいは、失うものを無くした人間が最後に見せる潔さそのものだった。

腕時計を確認する。帰宅するまでまだまだ時間はある。母親への説得の文言を考えるには十分なほどの。

『そうだ男に二言はねぇ。ここで日和るなんてオレらしくもねぇ。それに、最初にそう願ったのは、他でもないオレだしな』

洋平は缶に口をつけると、一気に飲み干した。