第一章
6
日々は矢のように過ぎ、あっという間に旅行の当日になった。
朝早くから電車とリムジンバスを乗り継いで羽田空港へと到着し、初めてながらも問題なくあらゆる手続きを済ませて飛行機に搭乗する。
エコノミークラスのシートに並んで座る。花道は窓側の席を選び、じっと窓の外を眺めていた。 ときどき、飛行場を走る車や何かの作業をする人を指さしては「何やってんだろ」と言い、洋平はそれに「知らね」と返した。
飛行機がエンジン音を響かせてゆっくりと滑走路へと進む。機内アナウンスがシートベルト着用を促し、到着時間を伝えた。
エンジン音がゴウゴウと鳴り響き、振動で体が震える。物凄いスピードで滑走路を走り、体に強い重力が掛かったかと思うと、ふわりと機体は宙に浮いた。
「おー飛んだ飛んだ。スゲー」花道は夢中になって呟いた。
飛行機が東京湾の上空を飛ぶ。東京の街がミニチュア模型のように小さくなっていき、 花道はワクワクした気持ちで見降ろした。東京湾に浮かぶカクカクとした灰色の地を不思議に思った。
飛行機は徐々に雲へと近付いていく。もはや大都会は砂粒が密集しているみたいだった。
一瞬、窓の外が白くなったかと思うと、飛行機が分厚い雲の中を抜け、そこには見渡す限りの雲海が広がっていた。 真夏の湘南の海を逆さまにしたような景色に、花道の口から小さく感動の声が漏れた。
「スゲー、マジでオレら雲の上にいるよ」洋平が花道に話しかけた。
「な!」花道は洋平に振り返らずに大きく頷いた。
花道は人生初の飛行機を大いに楽しんだ。エコノミークラスのシートの窮屈さも、 キャビンアテンダントがくれた紙コップのコンソメスープの味も、そして澄み渡る青空も、何もかもが新鮮で胸を躍らせた。子供のように窓に張りついて空を眺めていた。
しかし、飛び立ってからの十数分はそうしていたが、すぐに飽きて彼は目を瞑り眠ってしまった。
眠りこける花道を見ながら、洋平はコーヒーを飲んだ。先日買ったジャケットは花道によく似合う。 自分の着ている色が青緑だからだろうか、赤がより鮮やかに目に映る。やっぱり赤はこの男だけの色だと思った。
花道の寝顔をまじまじと見つめたあと、洋平は欠伸をした。
『コイツの寝顔を見ると、どうしてオレも眠くなっちまうのかな』
洋平はそう思うと、眠気覚ましのためにコーヒーをもう一口含んだ。
飛行機が飛行場に降り立った。機内アナウンスが新千歳空港に到着した旨を伝える。洋平はまだ眠っている花道を起こした。
「おお……着いたんか……」花道が目を擦りながら窓を覗きこむ。
洋平も花道の頭越しに窓の外を見た。
青みがかった灰色の雲が空に棚引き薄暗いが、雲の隙間から漏れる光は神秘的なまでに明るく遠くの街に降り注いでいる。
窓から見える景色は羽田空港のものと違いが分からず、まだ洋平には北海道に着いたという実感が湧かなかった。
ベルト着用サインの明かりが消えた。洋平と花道は機内アナウンスの指示通りに動いて空港に入った。
手荷物受取所に行って、大勢の人たちと一緒にターンテーブルの上に自分の荷物が流れてくるのをぼんやりと待つ。 洋平は黒のキャリーケースを、花道は部活動の遠征に使っている大きなスポーツバッグを手に取って、一階のロビーに出た。
三連休だからなのか、それともいつもこうなのか、ロビーはたくさんの人でごった返していた。二人はフロアマップが貼られた壁の前に立った。
「アニキの待ち合わせ場所どこだよ?」花道が聞く。
「コンビニの前で待ってるって言ってたんだけど……」
フロアマップで示された現在地からコンビニエンスストアの場所を確認して、二人は踵を返し目的地へと向かった。
旅行客で混雑している繁華な通路の隙間を通り抜けるように進み、何度か人と軽くぶつかりながらも、コンビニエンスストアの特徴的な青と白の看板のほうを目指す。
「あぁ、いた。アレだ」しきりに首を左右に動かせていた洋平が、店の前を立つ一人の男を見つけて指差した。
花道も指先のほうに顔を向けた。すると男とちょうど目が合い──というよりも、男が花道の頭に目を奪われて──男は笑顔で大きく手を振った。 そしてすぐ隣に立つ女性に、花道を指差しながら何事かを話しかけた。女性は向き直るとにこやかな笑顔を二人に向けた。
こういう時、コイツは良い仕事をしてくれるよな、と洋平は思った。
花道は爛漫とした笑顔を浮かべて喧しいほどの声量で手を振り返した。
「アニキ!」